姫路で瓦の文化を守る四代目表瓦社長のブログ

姫路生まれ育ったの瓦屋根工事店の四代目社長が住宅屋根のお悩みを解決します。

あれから9年が経ちました。

こんばんは。
姫路の瓦工事店、表瓦の表(おもて)です。
今の時期は雨が降った後は暖かいですね。そして花粉もよく飛んでいるみたいです。眼が痒いし鼻水も止まりません。なんとか市販の薬と目薬で凌いでいるんですが、特に目薬の使用量がシャレになりません。一回に一滴ずつしか落とさないのにひどい時には15分に1回くらい使うのでどんどん減っていくんですよねぇ。目薬は疲れ目用とアレルギー用の2種類常備です。

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東日本大震災から9年が経ちました。

 

今日は3月11日です。2011年の今日、東日本大震災が発生しました。当時、私は姫路の山奥で修理工事をしていました。地震が発生した時間は屋根の上に居たんですがまったく揺れを感じなかったので、地震が起きた事を知りませんでした。
姫路でも震度2を観測した所もあったらしいんですが。友人から「地震大丈夫?」って連絡が来て初めて地震が起きた事を知ったくらいです。その時はまさかあんなに大きな被害が出るとは思っていませんでした。現場から帰る車の中で聞こえてくるラジオの情報が何か別世界の事のように感じた事を覚えています。

 

阪神淡路の地震の時は高校生でした。

 

瓦業界では阪神淡路大震災東日本大震災での復興工事で現地に応援に行ったという話をよく聞きます。阪神淡路大震災の時は私は高校生で、まだ瓦の仕事はしていませんでした。しかし、地震発生後の1週間、学校が休みになったので父を手伝って姫路近郊で被害にあった家にブルーシートをかけるのを手伝って回っていました。
東日本大震災の時は瓦の仕事をしていたんですが、地元の仕事の手が離せず東北へ応援に行く事は出来なかったんですよね。まだ自分で仕事の段取りをしていなかったので他の職人さんを派遣するという決断も出来ませんでした。

 

災害時の対応のノウハウは確実に蓄積されています。

 

阪神淡路大震災が起きてから25年の間に東日本大震災を含めて多くの災害が起きてきました。それもこれまでに経験した事がないような大規模な被害が出るような災害ばかりです。私は熊本地震鳥取地震で現地に応援に行きましたし、一昨年の大阪の地震と台風でも復興工事に行く事が出来ました。
同じように全国各地の瓦屋さんが災害時の対応のノウハウを蓄積していて、それが同業者のネットワークを通じて共有されています。
災害は起きないに越したことはないけど、万が一があっても即応できるようになってきているのは心強いですね。