姫路で瓦の文化を守る四代目表瓦社長のブログ

姫路生まれ育ったの瓦屋根工事店の四代目社長が住宅屋根のお悩みを解決します。

子供の頃に通ったお店(の建物)がなくなります。

こんばんは。
姫路の瓦工事店、表瓦の表(おもて)です。
まだ朝晩は冷え込む事が多いのでタイツを履いたままなんですが、日中は天気がいいと暑いくらいになってきました。今日は朝から現場調査で外に出て運転の連続やったのでかなり暑くて運転中にちょっとボ~っとしてしまう場面があって、慌ててPAに入って休憩しました。長時間の運転は気を付けないとですね。

 

地元の村の中がかなり様変わりしています。

 

私が今住んでいるのは姫路市の東の端っこで子供の頃からここで育ちました。それこそ小学校に上がる前から自転車で村中を走り回っていて、知らない道はないくらいです。でも中学を卒業した頃には地元をうろうろする事が減っていって、大学進学で一度家を離れたので帰ってきた時には景色が変わっている事に驚きました。
でもその時から20年も経つと更に変化が加速しています。田んぼやった部分はほとんど分譲地になってしまったし、古い大きな入母屋の家があった場所は更地になってしまいました。他にも新しい家が建っていたりしています。20年という時間の流れを考えたら当然ですね。

 

道が狭いので工事をするのも大変なんです。

 

うちの近辺は古くからある村なので道がかなり狭いんですよね。バスが通る道は流石にかなり拡張されていて広くなっていますが、1本路地を入ると軽トラでも通れない道がたくさんあります。そしてそんな道の先にめっちゃ大きい家が建っていたりするんですよね。
瓦の仕事も何件もさせて頂いていますが、毎回道が狭くて古い瓦を降ろす時とか新しい瓦を運搬する時にかなり大変なんです。古い家が解体されて新しい家を建てる時もかなり大変そうなんですよね。

 

子供の頃に通っていたお店の建物の解体が決まりました。

 

そんな村の中に古い商店がありました。もとは酒屋さんやったらしいんですが私が子供の頃にはお店の一角でお婆さんが駄菓子を売っているだけのお店やったんですよね。駄菓子の他にメンコなども売っていたので普段のおやつやおもちゃの他に祭りの時期には普段は行かない子供たちも集まって大盛況になっていました。
中学生になるとそのお店にも行かなくなったのでいつまでお店をやっていたのかは知らないんですが、お店をやめてからでも相当の年月が経っていました。その建物が解体される事が決まったみたいで、隣接する建物の解体が始まっています。
子供の時の思い出の場所がなくなるのは寂しいなぁ。

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