姫路で瓦の文化を守る四代目表瓦社長のブログ

姫路生まれ育ったの瓦屋根工事店の四代目社長が住宅屋根のお悩みを解決します。

なんとか父を送る事が出来ました。

こんばんは。
姫路の瓦工事店、表瓦の表(おもて)です。
3日ほどブログをお休みさせてもらっていました。約5年くらい毎日続けていて飲みに出ていてもブログやらないと寝れないってくらいにはなっていたんですが、ここ3日ほどはとてもではないけどブログを書ける状態ではなかったので。
まだ落ち着いたとは言い難いんですが、仕事も田んぼもやらないといけない日常が戻ってきました。

f:id:cbr1100xx-superblackbird-01:20221013181615j:image
今日のブログはかなり重い内容になります。

 

父が亡くなりました。

 

3日前の10月10日、未明に母からの電話で起こされました。床について1時間ちょっとしか経っていなかったんですが、この時間の電話で良い知らせは有り得ません。
入院していた父の容態が悪化したという報せでした。その後2時間くらいで再度連絡があって、「病院に呼ばれた」との事で、母と弟と嫁さんと一緒に病院へ。
病院に到着した時には心拍は止まっていて母の立ち合いのもと医師が死亡確認しました。3時52分でした。

 

間質性肺炎で1カ月入院していたんです。

 

父が最初に体調を崩したのは10年前です。体調が悪い日が続いていて足の関節の痛みもあって整形外科に行った時に検査をしていた意思から受診を勧められて呼吸器科を受診したら「間質性肺炎」と診断されました。その後、原因が他にあるかもという事で検査を増やしたら「顕微鏡的多発血管炎」という膠原病の1種と診断されたんです。難病指定されている病気のようでした。その時は1カ月ほどの入院で済んだんですが、それを機会に会社の代表を交代する事にしました。

 

10年間で少しずつ悪化していたみたいです。

 

間質性肺炎は通常の肺炎と違って悪くなった所が回復する事はないそうです。そのまま10年間投薬で進行を抑えていたんですが、今年の夏の暑い時期に田んぼの事で走り回った事による過労とコロナ感染が引き金になって一気に悪化したというのが医師の見解でした。9月の初旬に入院して5日ほどで人工呼吸器を装着する事になり、それ以後は麻酔で眠らされたままになりました。最後は苦しむ事なく逝ったようで対面した時は穏やかな顔をしていました。
コロナそのものは陰性になっているのが確認出来た為、家に連れて帰ってきて一晩過ごした後、一昨日に通夜、昨日に告別式をして父を送り出しました。
家族は時節柄あまり大きな式はしないでおこうって思っていたんですが、父の付き合いの広さから「家族葬で」と知らせていたにも関わらずたくさんの方に見送って頂いたので父は満足していると思います。
でも参列してくださった方には「どこが家族葬?」って思われたかなぁって家族で頭を抱えています。
急だった事もあり、お知らせ出来ていない方の方が多くなってしまった事をお詫びします。