姫路で瓦の文化を守る四代目表瓦社長のブログ

姫路生まれ育ったの瓦屋根工事店の四代目社長が住宅屋根のお悩みを解決します。

瓦に囲まれたトイレがオシャレなんです。

こんばんは。
姫路の瓦工事店、表瓦の表(おもて)です。
西日本では今シーズン最強の寒波が到来しているらしいです。でも今シーズンってかなりの暖冬で寒くなってると言っても平年並みとかなのであまり実感がわかなかったんですよね。でも高速道路を車で走ってみて寒波の影響を感じました。めっちゃ風がキツイんです。3tダンプが風に煽られてハンドルを取られるのはあまり経験がありません。台風の時ほどではないけどかなり風が強くて確かに寒かったです。今週冷え込んだら来週はまた暖かいらしいので、ボチボチ春に向かい始めてるのかもですね。

 

淡路島に材料の引き取りに行ってきました。

 

ここ最近はあまり時間がなくて私が淡路島まで瓦の引き取りに行く機会がありませんでした。問屋さんから仕入れたり窯元さんからの便で会社に運んでもらったり、たまに父に頼んで淡路島まで走ってもらったりしていたんですが、明日必要な分が足りなくなったので久し振りに淡路島までドライブです。
昔は淡路島に渡ってすぐの淡路ICで降りて島の西側の道をひたすら走ってたりもしたんですが、最近は高速道路で最寄りの西淡三原ICまで走ってしまいます。

 

せっかくなので大栄窯業さんにお邪魔してきました。

 

久し振りに淡路島まで行ったので、瓦の引き取りの後に大栄窯業の道上社長に会いに行ってきました。最近の業界の動きや先日特集が組まれていた「住宅建築」の話などいろいろ話しているとあっという間に時間が過ぎていきますね。住宅建築に掲載された反響は大きかったみたいで、設計士さんや建築を勉強している学生さんなどが掲載直後から工場の見学や瓦の話についての問い合わせがあったみたいです。
そして大栄窯業さんのギャラリーは居心地がいいのでついつい長居をしてしまいます。気が付いたら1時間くらい話込んでいました。

 

新しいトイレは瓦に囲まれていました。

 

大栄窯業さんのギャラリーのトイレはギャラリーを出てすぐの工場の中に作られていました。そこに最近新しくトイレが増設されたとの話で見せて頂きました。
前からあるトイレも床には釉薬瓦の丸いタイルが貼ってあるし、壁は瓦の原料となる粘土を塗っていて工場の中にあるトイレとは思えないくらいやったんですが、新しいトイレは更にお洒落になっていたんです。

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床は以前からあるのと同じ釉薬の丸いタイルなんですが、壁が瓦で出来たブロックなんです。周囲が全部瓦で囲まれたトイレなんですが、新しいトイレも工場の中にあるトイレとは思えないくらいお洒落でした。
こんなトイレやったらうちにも欲しいなぁ。

瓦組合の総会の後の懇親会でいろいろな話が出来るのが楽しいです。

こんばんは。
姫路の瓦工事店、表瓦の表(おもて)です。
昨日のテレビで自衛隊の特集をやっていました。女子アナウンサーがF-15に乗せてもらってハイレートクライムとかエルロンロールとかしてもらってる映像が出てきててかなり羨ましかったですね。まぁ、一般人が乗せてもらえる事はほぼないので羨ましがっても仕方ないんですが。他にも陸自、海自の装備なども紹介されていてファンとしてはウキウキと観てしまいました。

 

瓦組合の総会が開催されました。

 

毎年2月の中頃に兵庫県瓦工事業協同組合の総会が開催されています。昨年は70周年の記念の総会でホテルオークラ神戸で盛大に開催されました。出席者も来賓もかなりの人数になりましたが、今年はそういう周年の記念とかではなく通常の総会やったので会場もいつもの生田神社の生田会館です。
昨年のホテルでの開催は豪華やったけど、なんとなく落ち着かない気分になるし駅からも遠かったのでいつもの会館での総会でかなりホッとしました。

 

懇親会での宴会はついつい食べ過ぎます。

 

16時半から18時過ぎまで、総会でみっちりと会議が続いて、全ての議事が滞りなく承認されて総会は無事終了しました。
その後、18時半からは会館の隣の部屋で懇親会となります。総会に出席していた組合員の他に受付をしていた青年部員まで参加して50名を超える人数のでの宴会で、お酒も入るので最初は自分のテーブルに運ばれてきた料理を食べていたのに、段々と席を移動してあちこちで話に花が咲くようになって誰もいないテーブルなども出てきます。
宴会というと基本的に料理の量は多いものですが、こういう場では輪をかけて食べ過ぎてしまうんですよね。

 

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普段話をしない人と話をするチャンスです。

 

青年部の定例会議は2ヶ月に1回あるし、役員会もあるので青年部員とは毎月会うんですが親組合の人と会って話をする機会は1年を通しても2回あるかどうかなんですよね。その他にも賛助会員になっているメーカーや副資材などの材料を取り扱っている会社の方とも個別に話をする事はあるんですが、同じ席で話をする事はないので一緒にいろいろな話を出来るのが楽しいです。
同じ話をしていても違う視点からの話が聞けたり、コラボの話になったりすることもあるんですよね。お酒飲みながらやから半分くらいはその場の勢いなんですが。

曾祖父の50回忌の法事でした。

こんばんは。

姫路の瓦工事店、表瓦の表(おもて)です。

昨日はバレンタインデーでしたね。私は嫁さんと母からもらっただけです。まぁ、バレンタインでワクワクしてたのは30代の前半くらいまでですけどね。結婚してからは夫婦で美味しいチョコを食べる日みたいになってます。

 

曽祖父には会った事がありません。

 

表瓦は曾祖父が瓦製造を大正3年に始めた事で創業しました。祖父の代で法人化して、父の代で工事業に業態を変更して今年で創業106年になります。

創業者の曾祖父は私が生まれる前に亡くなっているので会った事がないんですが、親戚から曽祖父にまつわるいろいろな話は法事の度に聞いています。

曰く、「毎日家の玄関先で火鉢抱えて関所のように番をしていた。」とか「怖い人でお盆や正月に集まった時でも話しかけられなかった。」とか。

 

50回忌の法事をやりました。

 

曾祖父が亡くなったのは昭和46年です。私が昭和52年生まれなので生まれる6年前には亡くなっていた事になります。曾祖母も私が3歳くらいの時に亡くなったので幼い頃は毎年のように法事があり、大勢の親戚が集まっていました。その後、祖父も7歳の時に亡くなったので本当に冠婚葬祭の葬祭の部分ばかり出席してきました。

親戚が多いので母は大変やったと思いますが、ここ数年は少しずつ法事の回数も減ってきたのと親戚も高齢化していて段々集まる人数も減ってきたので、もうそろそろ大きな法事はしなくても良くなっているのかもしれません。

 

曾祖父の遺影は写真ではなく絵らしいです。

 

普段は仏壇のある部屋には遺影を掛けていません。曾祖父から弟まで全部飾ろうとすると6枚ほどあるのでスペースもないんですよね。

それでも法事の時にはちゃんと出してくるんですが、これまで写真と思っていた曾祖父の遺影が絵だと聞いてびっくりしました。

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恐らく写真を基にした絵やと思うんですが、じっくり見ても写真にしか見えないんですよね。白黒で昔の写真やから違和感もないんやと思います。

最新の遺影は瞬きしたりする「動く遺影」まで登場してますが、私が遺影になる頃には動画とかになってたりするんですかね?

個人的には白黒の絵も悪くないなぁって思ってしまいました。

スーツを仕立てるって大変やけど楽しいです。

こんばんは。
姫路の瓦工事店、表瓦の表(おもて)です。
今日の姫路の天気予報はウェザーニュースでは午後から雨でした。Yahoo!天気では曇り、ラジオの天気予報では夕方から雨と見事にバラバラやったんです。結果、どうやったかというと姫路では雨は降らなかったみたいです。完璧に予想するのが難しいのは分かりますが、ここまで見事に媒体によって違う予報が出るとどれを信じたらいいのか分からなくなりますね。しかも毎回当たる媒体が違うから困ったもんです。

 

普段の仕事は作業服です。

 

大学を出て就職した直後に本社勤務やった時は毎日スーツを着ていましたが、その後現場に配属になってからは仕事でスーツを着る事がなくなりました。家業を継ぐ事になって、家で仕事をするようになると通勤する事すらなくなって、作業服と寝間着以外を着ない日もあるくらいです。
20代の後半は年に2回とか3回スーツ着たらいい方やった事もあります。

 

一般的な体形ではないので仕立てないと着れるスーツがありません。

 

最近は〇山とか青〇とかって既製のスーツを売るお店があちこちにあって、かなり安くスーツを買う事が出来ます。びっくりするくらい安くスーツを買う事が出来るので仕事着としてスーツを着る人には有難いお店です。
私も就職した時に通勤で着るスーツを買いました。でも正直な話、袖とか首回りなどのサイズが合わないんですよね。長く着ていると疲れるしヨレヨレになってしまうので若い頃ならともかく年相応の格好が求められるようになるとちょっと選択肢には入れられません。

 

6年ぶりにスーツを仕立てる事にしました。

 

私が初めてスーツを仕立てたのは20歳の時です。成人式に着ていくスーツを仕立てたのが最初です。その後、礼服も仕立てましたが、スーツと言えばその時のスーツと通勤用に買ったものの2着だけです。流石にいつまでもそんな状態ではダメやと思って結婚が決まった時に1着仕立てたんですが、今度はそのスーツが一張羅になってしまって5年ほどで傷んでしまったんです。応急処置のつもりで20歳の時のスーツを引っ張り出してきて、新しいのを仕立てるまでの繋ぎにって思っていたんですが、そのまま1年経ってしまいました。
で、このままやとまた1年経ってしまいそうやったので大阪でサロンをしている友人に相談に行ってきました。生地や形を決めて採寸までしたので、後は完成を待つばかりです。

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日常でスーツを着る機会が少ないのでいろいろと分からない事も多いけど相談に乗ってもらえる人がいるって嬉しいですね。

20年以上前の機械が現役で稼働しています。

こんばんは。
姫路の瓦工事店、表瓦の表(おもて)です。
季節に合わない雨の降り方したなぁって思ったら朝から物凄く暖かかったですね。3月下旬とか4月上旬並みの気温になっていたとか。昨日までの週間予報では明日も暖かくなると言っていたのに今見てみると最高気温が一気に5℃くらい下がるみたいです。気温の変化に気を付けないと体調崩しそうですね。

 

20年以上前の機械が当たり前に稼働しています。

 

当社は現在4台の瓦揚げ機を使っています。瓦揚げ機というのはモーターとワイヤーと梯子と台車がセットになっていて、梯子に取り付けた台車をワイヤーで吊り上げて使うんですが、瓦を屋根の上に揚げる時になくてはならない機械です。

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私が瓦業界に入ったのは16年ほど前なんですが、その時から今あるうちの3台を使っています。それも私が入社した時点でもうかなりの年数を使っていたように思います。
当時は全部で5台くらい使っていて、16年の間に2台が動かなくなって処分して1台を新しく購入したという事ですね。
つまり3台は20年以上前の機械で、それが現役で動いているって事です。でもこれってうちが特別物持ちがいいわけではなくて、どこの瓦屋さんも似たような状況なんですよね。

 

仕事をする上で使う機械がほとんど進化していません。

 

現在仕事をする時に必要な機械類は20年前からほとんど変わっていません。せいぜい電動工具がコードレスになったのと、電動工具を職人さんが1人1台持つようになったくらいですね。
瓦揚げ機などは会社単位で所有しているものですが、そういうものに関しては本当に進化してないんですよねぇ。
ドローンが登場するまでは瓦業界の歴史で一番の技術革新はデジカメやって言う人も居たくらいです。そのデジカメやドローンも屋根の上で直接作業するために使うものではないので、現場作業で使う道具は本当に昔ながらのものが多いです。

 

構造がシンプルやから壊れないんです。

 

昔からある機械と新しい機械、両方使ってみて思う事は構造がシンプルな方が壊れにくいって事ですね。新しい機械って意外とすぐに故障するし、故障したら修理するよりも買い替えた方が安いって言われるんですよね。そしてすぐに修理用の部品もなくなります。昔の機械は構造が単純な分、壊れた機械から必要な部品を取り出して組み替えたらまた普通に使えるようになるんです。
壊れにくいし直しやすいのが昔の機械のいいところですね。それでも20年以上も経つと段々修理用の部品を手に入れるのが難しくなってくるんですが。
道具も機械も大事にして長く使っていきたいですね。

家系図を作ってみると意外な発見がありますね。

こんばんは。
姫路の瓦工事店、表瓦の表(おもて)です。
先日の防災訓練では分団の車両3台が全部出揃いました。出初め式でも揃っていたんですが今年は私は出初め式には出ていなかったので3台まとめて写真に撮れなかったんですよね。今回の防災訓練では車両を使う事はなかったんですが、放水訓練とかをやるとホースを繋いだりするのでホースを洗って干したりとかの後片付けが大変なんですよねぇ。

 

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家系を遡っていくのって面白いですね。

 

昨日テレビを観ていたら、「はじめまして。一番遠い親戚さん」という番組をやっていました。芸能人の家系図を遡っていくという番組なんですが、本人が知らない親戚がどんどん出てきて、しかも思わぬ有名人と繋がっていたりするのが面白いんです。
まぁ、実際には姻戚関係も含めて繋げていくので血の繋がりがない親戚とかなんですが。
それでも歴史上の人物が家系図に出てきたりしたらびっくりしますよね。
昨日の番組でも幕末の超有名人が家系図に出ていて驚きました。

 

3代遡るだけでも新事実が出てきます。

 

私自身は自分の家の家系図を10年ほど前に作った事があります。と言っても私自身が知らない事の方が多いので父や母の話を聞いて、それを図にまとめただけなんですが。
それでも自分の曾祖父や祖父に関して30年以上知らなかった事実が出てきて、めちゃくちゃびっくりした事をよく覚えています。
それこそ3代遡るだけで半分くらい知らない人になるし、知ってる人でも知らなかった兄弟が出てきたりとかするんですよね。

 

自分のルーツを知るのは面白いです。

 

流石に曾祖父や祖父の兄弟姉妹の結婚相手の方まで遡った家系図は作れなかったので血の繋がりのある人とその配偶者程度の情報量で作ってみたんですが、自分のルーツを遡る感覚がとても面白いんです。
時代背景とか当時と今の人間関係を考えながら家系図を作っていくと、自分が単独で存在しているんじゃないんやなぁって事がはっきり分かりました。
うちの場合は明治時代に曾祖父が本家から分家という形で独立して始まったので、とりあえずそこまで遡りました。そこから上になると本家筋に聞かないと分からないみたいです。父の話によると本家筋の家系をたどると享保年間くらいまでは遡れるとの事なのでうちはまだまだ新しい家ですね。
核家族化が著しい現代やけどこういう繋がりも悪くないなぁって思います。

災害はないのが一番いいけど、備えはしておかないとです。

 

 こんばんは。
姫路の瓦工事店、表瓦の表(おもて)です。
プロ野球ヤクルトスワローズの元監督の野村克也さんが亡くなったというニュースが飛び込んできました。まだまだ元気にされていると思っていたのでびっくりです。一昨年に亡くなった星野仙一さんといい、私がプロ野球を一番観ていた時期に監督をされていた方が次々と亡くなっていくのがちょっと寂しいです。ご冥福をお祈りします。

 

地域の防災は「自助」「共助」「公助」の順番です。

 

災害が起きた時に一番に話題に上るのが政府や都道府県、市町村が行う災害支援や災害援助です。でもこれが機能し始めるのって災害の後、ある程度時間が経ってからなんですよね。これは物質的にもシステム的にも仕方ない事やと思います。公的な支援の原資は当然ながら税金で、どこにどんな風に使うのかという事を決めなければ投入できないからです。
でも災害が起こった直後から支援や援助、救助は必要になります。だから防災という観点で考えると自分で自分の事を助ける「自助」が一番最初に来て、次に近所の人と助け合う「共助」、最後に公的機関の「公助」ときう順番になるんです。

 

災害への備えで一番必要なのは心的な備えだと思います。

 

「災害は忘れた頃にやってくる」なんて事を言います。同じ地域で災害が繰り返し起こる事って少なくて、一度災害が起こったら次にそこで災害が起こるのは前回の災害が忘れられた頃だという意味ですが、最近はいろいろな地域で災害が起こっているので、他の地域の災害が忘れられた頃という意味にもなってしまっています。
災害に備えるために水や食糧を備蓄するとか非常持ち出し袋を用意しておくとかはとても重要な事やし、どこに避難するのかを確認するのも必要な事です。
でも災害に対する備えとして一番大事なのは「災害が起こるかもしれない」っていう「心的な備え」やと思います。「自分のところは大丈夫やろう」っていう油断が一番危ないんですよね。

 

地域防災訓練に参加してきました。

 

そういう意味では地域の消防団での活動というのは災害への備えそのものです。消防団というと火事が起こった時に動くものやって思われがちですが、台風や大雨の時にも団員には待機の指示が出ます。いざという時には避難誘導したりする事もあるんです。
普段の活動は「火」に関する事が多いのは確かやけど、地域の防災訓練にも参加して協力するのも大事な活動です。
とは言っても団員は仕事をしながらの活動になるので、参加出来る時に参加出来る人がやるのが基本で、私も防災訓練に参加したのは今年が初めてですが。

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防災について漠然と知っていた事を改めて知る事が出来たし、地域の人に自分が消防団に居るという事を知ってもらえる機会でもなったので参加出来て良かったです。